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Blog Entry求道館 目黒道場 道場開きNov 9, '09 10:30 AM
for everyone

目黒先生、グレース夫人、本当にpuncackの地にすばらしい道場を築いて下さり、誠にありがとうございました。そして、こうした目黒先生の地縁のおかげでこうしたすばらしい稽古の機会に恵まれましたことを本当に感謝したいと思います。

117日(土)早朝にJakartaを発ち、Puncyakへ向かう。朝530という時間だたこともあり、730には現地に到着。表に「求道館」と書かれた道場を目にする。裏は茶の段々畑の広がる広大な風景が広がる本当に涼しげで雰囲気のある土地柄である。

830既に先生の北海道大学剣道部の同窓の皆様、静岡剣連の八段の諸先生方

飯塚才司範士八段

望月照夫教士八段

瀧川貞司教士八段

小山正洋教士八段、江本七段、飯塚先生の息子さん

そしてアメリカ シアトルのゲーリー今西さん

その他、懐かしい九大OBの真鍋さん、Jakarta剣友会OBの辻さん

Jakarta剣友会の下村先生、森嵜さん、重松さん、鐘ヶ江さん、山内さん、伊與田先生、土屋事務局長、Marcel,  Alwin,  Djoko, Tony, BandungからNovan. Tedja, Jesta, Pandu、シンガポールから同僚のStella, Joyce, Dophne, Jerry, Komatsuが顔を出し、いづれも馴染みの顔が集まった。素晴らしい会だ。

キリスト教のお祈りも日本語で今日ここに素晴らしい仲間が集ったことを感謝する内容であった。望月範士八段、瀧川貞司教士八段による形の演武を間近で拝見する。気の引き締まる思いだった。

それに引き続き親善立会が行われた。私は以前Jakartaで稽古を共にした鐘ヶ江さんと2分半の立会を行った。攻めたつもりであるが、やはり遠間からそのまま勢いに任せて飛び出してしまった。相手の竹刀が胸に突き刺さる。相手を崩しきれずに出た結果である。自分から出るには出、押さえるところも押さえたが、起こりを捉える感覚より遅れていたように思う。Videoを森嵜さんに見せてもらい、足幅、立ち姿が以前よりも奇麗に見えるようになったことだけが収穫であった。

本日の注目の立会は何といっても小山正洋教士八段と森嵜誠一郎六段との立会である。直かに接し経験している森嵜の鋭く動じない剣先の攻めがどれだけ小山先生に通じるか、が楽しみであった。案の上、森嵜は左足を粘りながら剣先を利かした攻めでじりじりと入っていく。小山先生が少し、本気モードに入り、攻め返した瞬間、森嵜は出るか、と思ったが、再度小さく乗り返す。そこで更に攻めると小山先生が若干自分の手元を右に擦り上げるようにかすかに動かすように見えた気がした。(森嵜は小手を意識させたようだ。)そこに空かさず一歩大きく踏み込むと同時に大きくかぶってから面に鋭く飛ぶと小山先生の居付いた瞬間に面を打ち込んだ。あそこまで綺麗に打たれたのはそれなりの攻めだと小山先生が認めてくれた証であろう。

打つも打ったり、打たれるも打たれたりとどちらも素晴らしい攻防であった。後は小山先生が若干何くそと少しだけムキになった感じであった。突き、体を理した技を繰り出すも森嵜も打たせなかったし、良い攻防であったと思うが、あの初太刀が全てであった、と思う。誰もがあの立会ができれば七段は一発合格と太鼓判を押す一本であった、と思う。本当に日頃共に稽古している者にとっては嬉しい一本であり、目指す方向が間違っていなかった、という一本であった。森嵜自身も自分の攻めが通じたことに満足していた。

下村七段と瀧川教士八段の立会も勉強になった。下村先生は気当たりをお願いしたが、はぐらかされた、八段審査を意識したが、そのように対してくれなかった、と残念な思いをされていた。一方、瀧川先生は間合いに入るや、傍から見ても軽く、小手を数本打つ。それに下村先生が小手を擦り上げ面を打つも、間合いに完全に入られている為、竹刀の根元での擦り上げとなり、遅れた擦り上げとなり有効打突には程遠い。その内、さっと間合いに入られ、上下に動く竹刀に焦点が定まらず、スコーン、スコーンという表現が適切な程、力みのない面を打たれ続ける。普段の下村先生なら腕を突っ張って正面からの面を打たせないようにするかもしれないが、敢えてそれはしていないように見えた。相手が八段、上の人という遠慮からか、審査のように潔くといった気持ちからだろうか。気当たりの気が最後はあまり感じられない下村先生らしからぬ立会のように見えた。

七段から八段を狙う際に多くの剣士は極端に手数が一旦減るように周囲の人を見ると思う。しかし、八段になった瞬間、手数が急に増える。多くの八段の先生との稽古で何度もそれを感じてきた。しかし、その打ちの質は間違いなく違う。正確、力みなく、まっすぐ、美しい打ちがそこにある。本日見た瀧川先生の立ち姿、面の形は脳裏に焼きつきました。

稽古になり、瀧川八段に一番に掛からせて頂く。攻めたつもりが「つもり」でしかない。しかし、「本物」にすっるにはやはり前に出るしかない。竹刀を払う、たたく、ではなく、中心を攻め、外し、中心を取り、最後に中心を取って打つ。乗り返して打つ。下を攻めて上を打つ。上を攻めて下を打つ。「いつも上に竹刀があっては、警戒され過ぎて打てない。」竹刀の上、下と右拳を攻めると言われた。いつでも中心を取り返せる自負が言わせる言葉ではあるが、学ばせて頂いた。どう攻めても上から中心を割って面を打たれるので、最後は自分から掛稽古をお願いした。夜の飲み会の席で、「返し技、応じ技も好いが、体が動く限りは前に出る技でいきたい」と言われ、「和田君はよく前に出ており、姿勢もいい。正しい姿勢を保ったまま、前に出る稽古を継続して下さい」と言われた。本当にありがたい、お言葉である。

2日目 118日(日)、望月範士八段より一拍の面についてご指導頂く。先生は三島(木曜会)と沼津(土曜会)の稽古会で毎週2時間、面をつけず1時間、面をつけて1時間面打ちの基本打ちのみを教えられているとのことだった。

1.先ず、左拳が上から竹刀を握り込め、しっくりと収まる位置で構える。

2.右手は金槌握りにならないよう、小指、薬指、中指の順に軽く握り込み、親指、人指し指は握り込まない。

3.右手小指は鍔に軽く付いており、隙間が空いていない状態で握る。(私は空いていると注意された。柄の長さを再検討する必要があるか?)

4.右拳の位置は右手で作った杯の上にへそが浮かぶ位置。

5.最初は大きく眼前まで振りかぶり一拍の面を打つ。気剣体の一致を限りなく意識する。(竹刀を持たず、手を打突と一緒に叩くことで、一致の感覚を掴む。)

6.左腰、左足を意識し、床と並行に右足が前に出て、左足が引きつけられる。

7.竹刀を持たなくともいつでも稽古できる。手刀で稽古する。毎日、一日少なくとも10分は行う。

8.竹刀は立ち過ぎず、打った相手の面の位置のまま前にスーッと出る。

今後、この点を意識しながら稽古していきたい。この日、小山正洋八段、興梠先生、下村先生、飯塚さん、山内さん、重松さんとお願いした。皆さん、ガソリン切れで、バタバタした稽古になってしまい本当に申し訳ございませんでした。前に出るだけで精一杯でした。

小山八段は大きく、懐の深さが印象的でした。全く届く気がせず、どう攻めても前に打ちが落ちてしまうようで、どう攻めて良いのかも分かりませんでした。ただ、中心を開けて構えられ、攻め方が分からなくなった時点で勝負ありでした。

下村先生荷も構えを開かれ、「さあ、どうぞ」とされてしまうと、どうしても打っていかなければいけないと思い体が反応するのですが、そこを起こして乗り返し、更に前に出る打ちでないといけないのでしょう。気当たりの前に勝負あり。足も出ず、前にも出れず、何も出来ず、下村先生には本当に申し訳ない稽古をお願いしてしまいました。わざわざ声を掛けて頂いたにも関わらず、期待に応えられず申し訳ございませんでした。稽古を積んで出直して参ります。

最後に瀧川先生、竹刀を頂戴し、誠にありがとうございました。先生の竹刀で先生の攻めをイメージし、研究させて頂きます。

松田先輩、同志社のネクタイ頂きました誠にありがとうございました。

そして、改めてこうした素晴らしい稽古をお恵み頂きました目黒雅男先生、本当にありがとうございました。この機会が何よりものプレゼントです。「求道」の志の下、改めて稽古に励んでまいります。今後ともご教授お願い致します。

和田 晃典 119日(月)感謝


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